の本日の任務は『ロボコンで優勝した一年生にして我が校のロボ研部長である入江正一を取材してくること』だった。をいつも馬車馬のように働かせている新聞部部長曰わく「あんな大会で優勝する奴なんてよっぽどの変人に違いない。面白い話や特ダネの二つや三つぐらい穿り出してこい」と、いうことだ。 
 
新聞部に入部した理由はただ文章を書きたいからであったにとって、入部当初、取材は気が乗らない・自信がないことの一つであったが、半年以上たった今になってみれば、そんなことお茶の子さいさい。むしろ、楽しんでやっていたので、この仕事も二つ返事で引き受けた。 
 
 
 
 
自信はあった。先月の学校新聞の記事にが取材から文章の校閲まで全て請け負った『職員室と教室の電気代比較』は、生徒たちだけでなく、教師にも割と好評だったし、国語の評定が満点じゃなかったことはない。もちろんこれが新聞の記事を作ることに関係しているとは思っていないけど、あるにこしたことはないスキルなんじゃないかとは思っていた。 
 
加えて、人と話すのは苦手じゃないし、件の入江正一少年がよっぽどの口下手ではない限り、話を引き出すことに添う苦労することはないだろうと踏んでいたのだ。 
 
 
 
 
自分のクラスの二つ隣の教室。中学時代のクラスメイトを見かけ、入江正一を紹介してくれるよう頼むと「新聞部も大変だねぇ」という苦笑いつきではあったが了承してくれた。 
「あれが入江君だよ、」と示された席に近づいて声をかけると、想像した人物像そっくりそのままの少年がそこに座っていた。おとなしそうな表情にメガネ、少し華奢、そしてその手には活字が得意なですら少し気圧されてしまうような分厚いハードカバー。ここまで思い描いていた『入江正一像』通りだと逆に驚いてしまう。さぁ、果たして口を開いてからも想像通りの人物なのだろうか。 
 
 
「君が入江正一くん?」 
 
 
さまざまなことを考えながら少し身をかがめて眼鏡の奥の唐茶色を覗き込むと、その色の持ち主である彼は少し驚いたような顔をした後、訝しげに眉をひそめた。 
 
 
「そうだけど、何?」 
 
 
ここまでは予想通り。さぁ、これからどうなるか。 
 
 
「私に君のことを取材させてくれない?」 
 
「はぁ?」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「取材って…何?君、新聞部か何かなの?」 
 
「ご名答。何を隠そう、新聞部の平編集者、一年C組とは私のことだ!」 
 
「…それってつまり、普通の部員ってことだよね」 
 
 
芝居がかった口調で話しながら席を勧められる前に前の席の椅子に座りこんだを迷惑そうに見ながら「そういうの苦手なんだけど、」と正一はため息をついた。 
 
 
「で、どうなの?取材、させてくれるの?くれないの?」 
 
 
こういうことの「イエス・ノー」は早めに聞いておいたほうがいい。見たところ押しが弱そうな少年だから断られることはまずないだろう……そう思っていた。 
 
 
「…悪いけど、お断り。」 
 
「は?」 
 
 
予想外の答えに思わず声が出た。 
 
 
「え、まじで?」 
 
「まじで。」 
 
 
それだけ言って正一は再び分厚い本を広げる。『わかったらさっさとどっかいってよ』とでも言うように。だが、それくらいで引き下がっては新聞部の名が廃る。 
 
 
「何でだよ!そんなのおかしいよ!新聞に乗れば君は一躍有名人、時の人だよ!」 
 
「学校の中でだけね」 
 
 
彼の机をバン、と叩いて人目もはばからず叫ぶを横目で見ながら正一は冷ややかにぼそりと呟いた。まったくもって腹が立つ。いらいらと歯軋りするのを隠せるほど、は器用ではなかった。あぁ、なんでこんなことになってしまったんだろう。もっと穏便に事を進めるつもりだったのに。 
こうなったら最後の切り札を出すしかない。は小さく深呼吸した。 
 
 
「ロボ研、人数少なくて困ってるんでしょう?これで入りたいっていう人も増えるかもしれないよ!」 
 
「あんまり人が増えてもらっても研究費とか賄えないんだよ」 
 
 
ばっさり、一刀両断だった。 
 
 
「それじゃ、取材を受けてくれたらこれから1ヶ月、私が君に購買のメロンパンおごってあげるから!」 
 
 
間抜けなことを言っていることは分かっていた。目の前にある唐茶がもうこちらを見ようともしていないことも気づいていた。それでも、あきらめることはのプライドが許さなかった。 
 
 
「お願いだよ入江君!話を聞かせてくれるだけでいいんだ!」 
 
「それでも、」 
 
 
気づいたら正一はまっすぐのことを見ていた。言葉に詰まる。彼は少しだけ微笑んでゆっくり口を開いた。 
 
 
「僕や……僕の仲間のことを笑いの種にしようとしているような人たちの前で喋ったりはしたくないし、しない。」 
 
「…そ、そんなこと…」 
 
 
ない、とは言いきれなかった。記事のネタになっている者はおもしろがられるか批判されるか、ゴシップなんてそんなものだ。 
 
 
「わかったらさっさと帰ってくれないか?」 
 
 
の声によって一時はクラス中の注目を集めていた二人だったが、生徒たちは埒のない戦いに飽きてきたのか各々の話題に興じ始めていた。人間なんてそんなものだ。おもしろくなくなってしまえば、興味がなくなってしまえば、相手にもしないし、存在を見もしない。 
 
 
「どうしても、だめ?」 
 
 
泣きそうになりながら声を絞り出しても正一は「駄目っていってる。」の一点張りだった。 
 
 
「入江君の好きな女の子、みんなに言い触らすよ!って言っても?」 
 
「僕が好きなのはロボット。それはみんなが知ってることだから何の問題もないよ」 
 
 
惨敗だった。こんなことはじめてで、悔しいけど、情けないけど、反面清々しくもあった。理由は全くわからなかったけど、 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
のろのろと立ち上がり、教室をあとにしようとした時、ふと一つのことが頭をよぎった。 
 
 
「…一つだけ、質問」 
 
 
どうでもいいことだった。どうでもいいことだったけど、聞かなければ後悔すると思った。 
 
 
「何?」 
 
「学校新聞、嫌い?」 
 
「あぁ…」 
 
 
別に嫌いという回答でもよかった。というかむしろ、初対面の新聞部員にヒステリックに叫ばれて嫌いにならないほうがおかしい。 
ただ、彼の率直な意見が聞きたかったのだ。 
 
身構えるに反して、正一は今までにないくらい柔らかく笑って首を横に振った。 
 
 
「嫌いじゃないよ。とくに先月の職員室と教室の電気代比較の記事、おもしろかった。」 
 
 
温かいものが、体中に広がった。 
 
いままでにも、あの記事に対する感想はたくさん聞いてきた。言われてきた。それでも、ここまで嬉しいと感じたことはなかったし、あの記事を描いてよかったとこんなに思ったのも初めてだった。 
入江正一という人物に少しでも自分が認められているという事実は、それほど大きなことだったようだ。自身が想像していた以上に。 
 
 
「じゃあさ、僕からも一つ質問、っていうかお願い」 
 
 
感傷に浸っているところに声をかけられたから、おもわず肩が震えた。思えば、正一のほうから言葉を発するのはこれが初めてだった。 
 
 
「それ、答えたら取材受けてくれるの?」 
 
「取材は受けないけど…君が記事にしたいことは大体わかるはずだ。今から僕が 
言うことに答えたらね」 
 
 
意味深に言う正一に「なんだよ、じれったいな」と頬を膨らませると、彼はくすくす笑ってからキリ、と顔を引き締めた。 
 
 
「…さっき君が言った通り、ロボ研、三年生が引退してから僕一人だけになっちゃって、困ってるんだ。」 
 
「…え、まさか…」 
 
「そのまさか。さん、ロボ研に入る気は、無い?」