その日の夕焼けはものすごくて、辺りのもの全てをオレンジ色に染めてしまうほどであった。電灯がひとつ切れて薄暗くなった生徒会室で、は大きなため息をついた。みんなと同じ制服、平凡な生活。つまらない毎日に嫌気がさしていた。なにか、私を変えてくれるような、爆発的な力を持ったなにかは現れないものか。ありもしない非日常には恋い焦がれ、再びため息をついた。 
そんなとき、彼は突然現れた。まるで魔法使いか、はたまた黒い天使のようだった、と彼女は記憶している。だがその見解は間違いだったことにすぐに気付く。その彼は、生徒会長であるとは正反対の意味でとても有名だった。問題児で、トラブルメーカー。彼のいるところでケンカは絶えない。天使とは間逆の悪魔のような男だ。その彼、折原臨也は勢いよく生徒会室のドアを開けてこう言い放った。 
 
「やあ、生徒会長。悪いけど俺を匿ってくれない?」 
 

 
折原はずかずかと生徒会室に入り込んで、まるで自分の席であるかのようにすぐ近くにあったいすに座った。足をと腕を組んでぐるりと辺りを見回す。そして「生徒会室って意外と普通の教室なんだ、」と笑う。見た目だけは綺麗だが、やることなすこと常識と言うものが垣間見えもしない。 
 
「折原さん、生徒会室に何の用ですか?」 
「おっ、俺の名前知ってたんだ。いやぁ、俺って有名人だねぇ。あぁ、俺のことは気にしないでいいよ、生徒会長・さん。何にも悪いことはしない。ただここに居るだけだよ。」 
 
ただここに居るだけって、それが問題なのだということがなぜわからないのだろうかこの男は。 
 
「生徒会室は関係者以外立ち入り禁止。出ていってください」 
 
のその言葉に折原は「あれあれ?そんなこと言っていいの?」とわざとらしく驚いて見せる。そして、くくっとのどを鳴らすようにして笑った。 
 
「…何がおかしいの?」 
「ねぇ、さん、俺をここから追い出したら君が秘密にしていること学校中の噂になっちゃうよ?」 
 
私が秘密にしていること?は頭を巡らせる。やましいことをした覚えもないし、喋られて困るようなことをした覚えもない。 
 
「いや、君のことじゃなくて、」 
「え?」 
 
何がおかしいのか、折原はまた笑う。そして、「…ところでさん、」という前置きの後とんでもないことを言い出した。 
 
「お友達は無事岸谷くんに告白できたのかな?」 
「え!?」 
「フラれたんだろ?『君には首があるから』とか言われて。あいつは本当に悪趣味だ。」 
 
「…なん、で…」とかすれた声で問う。それは、しか知らないはずのこと。なのになぜこの男はいかにも自分が見てきたかのように話しているのだろう。 
 
「『そのことは私しか知らないはずだ、あの子は私にしか話していないと言っていた。なのに何故コイツは知っているんだ?岸谷から聞いたのか?』…そう思ってるんだろ?」 
 
言葉が出なかった。何でもお見通しだよ、とでも言うように折原は口角を上げる。 
 
「あぁ、ちなみに、この話を聞いたのは新羅からじゃないから。あいつを疑うのはやめてやってくれ。あんな変態だけど一応俺の『友達』だからね。」 
「なら……、なんで?」 
「壁に耳あり障子に目あり、だよ、生徒会長。情報屋の俺をなめてもらっちゃ困る。」 
 
途方に暮れているにさらに追い打ちをかけるように彼は「あぁ、あと、」と思いだしたように言った。 
 
「父親に浮気されて不登校になっている一年女子の話も、カラーギャングに金を巻き上げられてキャバクラでバイトしている三年女子の話も、数学教師と二年生男子の内緒の恋の話も、君が『自分だけが知っている・秘密にしている』と思いこんでいることは俺も知っていることだから、ご心配なく。」 
「ご、ご心配なくって…」 
 
全て、生徒会長であるを頼った生徒たちから相談された話の内容だった。絶句、それ以外に今の気持ちを言い表すことができる言葉をは知らない。 
 
「『あなただから話すけど』とか『2人だけの秘密だからね』とかは案外脆いものなんだよ。…というわけでさん、」 
「な、なによ」 
「お茶、淹れてくれる?ここの生徒会は客人をもてなすこともできないのかい?」 
 
ニヤニヤ笑いに見送られ、のろのろと生徒会室に備え付けられている簡易キッチンに向かうを折原は「あ、そうそう」と呼びとめた。 
 
「今度は何……!?」 
「……このことは他の人に喋らないで。俺たちだけの秘密だからね。」 
 
ウインクされて不敵に笑われても、少しもときめいたりしなかった。神様が連れてきた非日常は、が思っていたよりもずっと腹立たしくて憎らしいやつだった。 
 
 

 
 
それから折原は毎日のように生徒会室を訪れてきた。「匿って」と言って我が物顔でくつろぎ、お茶をすする。最初は不快感をあらわにしていたも次第に慣れ、いつのまにか一緒にお茶をしながら雑談をする中にまでなってしまっていた。こんなはずでは、と思いながらも『情報屋』を自称するだけあり、折原は様々な話を知っていて、それを聞いているだけでも面白かった、と言うのは事実だった。だが、いつも折原の話にが相槌を打つだけで、が自分から話をすることはほとんどなかった。いくら彼が『君が秘密にしていることくらいお見通しだよ』と言っても秘密は秘密だったし、ほかに彼に話せるような面白いことなんては知らなかった。 
 
さ、最近折原くんと仲良いよね。付き合ってんの?」 
 
そう、友人に聞かれたのは折原が初めて生徒会室にやってきてから一月ほどたったころのことだった。 
 
「そんなんじゃないよ」 
 
ゆるゆると首を横に振って否定する。彼女は「ふうん…」といまいち納得していない風に唇を尖らせたあと、「それよりさ!」と新たな話題を紡ぎ出した。彼女が話すのは女の子が大好きな内緒の噂話。めちゃくちゃな悪口にどろどろの恋の話。それらの話が嫌いなわけではなかった。むしろたのしんで聞いていたし、また聞きたいとすら思ったこともあった。でも、彼女たちの話と折原がする話とでは何かが決定的にちがっていた。それは、話し方であったり、話すときの仕草であったり、様々だったが、最も大きな違いには気づく。『秘密』だ。折原の話には、秘密にしておかなければならないという義務が無いのだ。折原との会話が他の人とのそれよりも楽しく感たのはそのせいだったようだ。どうやら、無意識のうちには沢山の秘密を抱えることに負担を感じていたらしい。 
 
?聞いてる?」 
 
考えごとをしているうちにいつの間にか彼女の話はあらかた終わってしまっていたようだ。「このこと、絶対だれにも喋っちゃだめだよ?」彼女がそう言い切ったときだった。「またそれかい?」と聞き覚えのある声がしてと彼女は同時に振り返った。 
 
「…折原、」 
 
は声の主の名を呼ぶ。彼はの方はちらり、とも見ずに彼女のほうを見て笑った。 
 
「話に割り込んでごめんね。でも、ちょっと君に言いたいことがあってね」 
 
折原は全く申し訳ないと思っていない風に言う。だが、彼の語りはそのことを指摘する隙を与えなかった。 
 
「確かに、彼女は口が固い。秘密にしろ、と言われたときはもちろん、分別があるからこれは喋らない方がいいと思ったら内緒にしておいてくれる……、便利だろ?自分が話したくて話したくてたまらなかった秘密を彼女が抱えてしまっておいてくれる。パソコンのデータメモリみたいにね。…でも、彼女はどうかな?…ねぇ、」 
 
そのときはじめて、折原はの方をみた。いつものような人を食ったような笑みを浮かべていない、真面目な顔で。 
 
「沢山の人の色んな秘密を抱えて抱えて溜め込んで、潰れそうになってるんじゃないのかい?」 
「………そんなこと…」 
「無いなら君は相当無神経なやつだね」 
 
ぴしゃり、音がするような言い方だった。 
 
「抱えた秘密をはなしてしまえ、とは言わない。でも、もう少しくらい、軽く考えても悪くは無いと思うよ、…君も」 
 
再び、折原は友人の方を見て少し微笑んだ。 
 
「彼女がパンクしそうな時くらい、見極めてやりなよ。『友達』、ならね。」 
 
そう言って折原は手を振りそこを立ち去った。後には狐につままれたような顔をしたたち2人が残された。 
 
、」 
 
小さく名前を呼ばれ振り返る。彼女は申し訳なさそうに「ごめんね、」と呟いた。 
 
「……なんか結構負担かけてたみたい。」 
「…そんなことないよ」 
「ううん!私も気をつけなきゃ。ついついに喋っちゃう。の話も聞けるようにしないとね、」 
 
「そうだね」と笑うと彼女も一緒に笑った。 
 
「それにしても、折原くんってすごいね。の思ってること全部分かっちゃってるって感じだった」 
 
やっぱり折原くんと、付き合ってるんじゃないの?そう聞かれ、苦笑いを返すしかできなかった。 
 

 
その日、生徒会室に赴くと、すでに折原はいつものようにくつろいでいた。勝手に淹れたお茶をすすり「遅かったね」と呟く彼に「……どうも」とむっつりしながら返す。 
 
「……『なんであのときあんなことを言ったのか』そう思ってるんだろ」 
 
折原が聞く。図星、だった。折原臨也の考えていることは全くわからない。でも、の考えていることはすべて、彼にはお見通しのようだった。そんな彼女を見てくすくす笑いながら折原は「そうだな、あえて言うなら……」と言葉を探した。 
 
「『面白そうだったから』?」 
「は?」 
 
思わず、間抜けな声が出た。いきなり人の目の前に現れて、原稿を考えてきたかのような演説をして、その理由が『面白そうだったから』?ますます、折原臨也のことがわからなくなった。 
 
「まぁ、俺にしても他のだれかにしても人間が行動を起こす理由なんてそんなものだよ。」 
 
急須からお茶のお代わりを注ぐ折原に向かって「なんて適当な。」と小さくいうと「そのくらいの方が楽に生きれる気がしない?」と返される。そうして少し笑った彼の顔はいつもより穏やかで、「…そうかもね。」と答えたときは肩に乗ってたたくさんの荷物が少し減ったような気分になった。 
 
「あっ、、」 
「何?」 
「お茶、おかわり」 
「……はいはい」 
 
空になった急須片手に、簡易キッチンに向かう途中、ふと思い出しては「そういえば」と声を上げた。 
 
「折原だって人のこと言えないじゃない、『このことは俺たちだけの秘密だからね』って」 
 
そう、最初に出会ったときにいわれた言葉。彼も、が抱える秘密の一つだったのだ。 
 
「…言ったっけ、そんなこと」 
「言った」 
 
折原は少し黙った後、「…好きな子は虐めたくなる質なんだよ」と言ってそっぽを向いた。 
 
「嫌な奴。」 
は良い奴だね」 
「誉められている気がしない」 
 
 

 
 
それからしばらく生徒会室のお茶会は続いた。だが、くだらない話をして、美味しいお菓子を食べるこの放課後の恒例行事も、当たり前のことだが学校を卒業したら無くなってしまった。と折原はお互いに連絡先の交換をしていなかったし、進学先も違う。これから関わることはもうないだろう、そう思っていた。 
 
月日は流れ、その日の夕焼けもものすごくて、辺りのもの全てをオレンジ色に染めてしまうほどであった。電球が切れかけているぼろアパートの一室で、はため息をつく。なんだかんだいって、学生時代の毎日は素敵なものであふれていた。キラキラ輝く恋の話や、いつも一緒に居てくれる友達、嫌味だけど何故か憎めない同級生。その大切さに気がつくのはみんな大人になってからだ。過去に置いてきた非日常を思い、はまたため息をついた。 
そんなとき突然彼は現れた。玄関のチャイムが『ピンポーン』と間抜けな音を上げる。はのろのろと立ち上がり、ゆっくりと古くて重たいドアを開ける。ギギギ、と軋んだ音と共にの目の前に現れた男は全身真っ黒で悪魔のようだと形容されてもおかしくないような格好だったが、は彼をまるで天使のようだと思った。 
 
「やあ、。悪いけど俺を匿ってくれない?」