しかし、夏休みともなればそうはいかない。事務室にあるブレーカーが落とされているのか、それともそういう設定になっているのか、何度電源ボタンを押しても、備え付けの空調機はピクリとも動かなかった。これは、涼しさを求めて学校で課題を終わらせようとしていたと舞流にとっては大きな誤算だ。
教室の窓を全開にして、冷たい飲み物を装備しても、夏の日差しには白旗を上げる以外成す術はなかった。
「ああああああ、もう、暑い!暑い!やってられない!」
「舞流ちゃん少し静かにしてください、」
が静かに注意すると、舞流は頬を膨らませた。
「だって、すっごく暑いんだよ!ちゃんは私服だから分からないかもしれないけど、セーラー服って襟の部分が大きいからさ、二枚重ねになって背中が熱いわけ。もうやってられないよ!」
舞流はそう言ってノートに挟んであった半透明の下敷きを手に取り、団扇代わりにして仰ぎ始めた。「そんなに暑いのなら、セーラー服で学校に来なければいいのに、」と何回彼女に言って、何回スル―されたかはもう忘れてしまったから、溜息をつくだけにとどめておく。
「舞流ちゃん、喋っていても課題は終わらないんですから、今は暑くても手を動かしてください。」
「えー、でもさ、私がやらなくてもちゃん一人で課題終わっちゃいそうじゃん!」
「一人で、って、舞流ちゃんもやらなきゃ意味がないじゃないですか。」
「ちゃんがうつさせてくれればいいじゃん」
「駄目、です。」
ケチー、と言いながら椅子の前足でバランスをとる舞流の顔を見て、再びため息をつく。見た目だけは美しいこの少女は、どうしてこんなにも……なんというか、不可解な性格をしているのだろう。
「人の顔見てため息つくなんて失礼だよー」
「誰のせいだと思ってるんですか、」
入学早々ちょっとした事件を起こしてしまった舞流と、社交的な性格ではないため席に座って本ばかり読んでいた。クラスで浮いていた二人がこうして仲よく話をするようになるのはもしかしたら必然だったのかもしれない。
友達、というものがにはいなかった。夏休みの課題をだれかと額を突き合わせてやったことはなかったし、学校帰りにだれかとコンビニでアイスを買って帰ったこともなかったし、休みの日に誰かと一緒に海に出かけたこともなかった。でも、舞流とは、こうして課題を一緒になってやっているし、この間はコンビニで買ったパピコを半分分けした(舞流自身も姉である九瑠璃意外と何かを分け合ったことは初めてだと言っていた。)。さらに、次の日曜日には、九瑠璃や、先輩である園原杏里も誘って海にでも行こうか、なんていう話にもなっている。これは、もしかして舞流はにとって、ただのクラスメイトではないのかもしれない。
「……ねぇ、ちゃん」
「なんです?」
不意に舞流が声をかけてきた。それにはいつも通り、静かに返す。
「私たちってさぁ、友達なのかなあ?」
は眼を見開いた。数回瞬きして、彼女の眼を見て、笑う。
「……私も、同じこと考えていたんです、舞流ちゃん、」
「じゃあさ、」
舞流の眼鏡の奥の瞳がきらりと光り、彼女はの手をしっかりとつかんだ。
「友達じゃないんなら、友達になればいいよ、」
「……え?」
「ちゃん、私と友達になろうよ!」
そう、舞流が言ったのと、彼女に抱きしめられたのと、どちらが先だったのか、にはわからない。
分かることは、教室はとても暑くて、外は蝉がよく鳴いていた、ということだけだった。
