「そんなに気になるなら、山を下りればいいのに」
そう、私が頬を膨らませると、彼はきょとん、とした顔をした。ピカチュウをなでていた手が止まる。そのピカチュウは手が止まったことが不満だったのか彼を見上げ、電気袋を膨らませた。それを見て彼は「あ、ごめん」とわずかに目尻を下げる。やさしいひとだ。表情が変わらないから分かりづらいけれど、じぶんのことより、このポケモンたちや、今ここにはいない母親のことをいつも考えている。
「だからね、そんなにお母さんのことが気になるなら、顔を見せに行けばいいじゃない。」
私の話を聞いていないのか、それとも聞いていないふりをしているのか、彼はまた、ピカチュウをなではじめた。
「ねぇ、レッド、」
「…いやだ、」
「まだ何も言ってないわ。」
きっと私は呆れた顔をしていたことだろう。そんな私を見てすねたように眉間にしわを寄せる。
「手紙くらい、書いてみたら?私が届けるし、お母さんも絶対喜ぶわよ?」
「………」
ムスッとした顔をしたまま、彼はピカチュウを肩に乗せて立ち上がった。
「ちょっとレッド、怒らないでよ」
「怒っていない」
「怒ってるでしょう」
レッドは黙ったまま私に背を向け、彼のお気に入りの平らな岩に座る。ピカチュウは彼の膝に移動し再び彼の膝に移動し、またなでてほしそうに主人を見上げた。
「……今度、」
「え?」
「今度、紙とペン、持ってきて。手紙書くから……」
そう言って彼はピカチュウの耳の後ろを掻き始めた。自分自身のそれが、真っ赤に染まっていることには気づいていないようだった。

彼にあのような顔をさせることができる彼女がうらやましかった。ねたましかった。目の前の彼女は、黙って彼からの手紙を読んでいた。そのときのことを思い出して、その時の彼の顔を思い出して、私は少し笑った。それに気付いたのか、彼女は私の顔を見てにっこりとわらう。
「ちゃん、ありがとうね」
「え、いや、お礼を言われることなんかしていないですよ。」
私が首を振ると彼女は「そんなことないわ」と言いながら便箋を丁寧に封筒にしまった。
「ちゃんが言ってくれなかったら、きっとあの子、ずっと手紙なんか書いてくれなかったわ。本当にありがとう」
あぁ、母親というものはなんて大きいのだろうか。母親というものには敵わないとよくいうが、その通りだと思う。穏やかな顔で笑う彼女を見て、私の中の妬みとか羨みとか、そういった感情はかき消されていった。
「ちゃん、あのね、私少しちゃんがうらやましいの。」
「え?」
「ちゃんは、いつでもレッドに会いに行けるでしょう?その子に乗って、」
彼女は私の隣で船を漕いでいるオオスバメを見る。
「それにね、レッドからの手紙、ちゃんのことばっかり書いてあるのよ、」
少し、嫉妬しちゃうわ。そう言って笑った彼女の顔は、まるで少女のようだった。
