Treasure楽器ケースに宝物つめて

#02 Gazebo真夏のガゼボ

 彼と二度目に出会ったのは、午後の日差しが穏やかな夏の公園だった。

 ラスティカと出会ってからの私はこれまで以上にヴァイオリンに打ち込んだ。また、彼と再会できたときに自分のできる最上級の演奏がしたくて。だからだろうか、優勝できなかったのはあの一度だけで、その後のコンクールでは輝かしい成績を収め続け、都会の有名な先生のレッスンを定期的に受講することも決まり、本格的に音楽の道を志し始めた。

 だけど不思議なことに、どんなに練習してもあの時彼の前で心のままに弓を握った時のような音は鳴らせなかった。

 私の初めてのコンクールから数年が経った。十代後半になった私は、近年のコンクールでの成績を評価され、ソリストとしてオーケストラと一緒に演奏会を行うことになった。演奏会が行われる西の国の街は、そこまで大きな街ではないが、運河の流れる公園は街路樹が枝を広げ、暑い季節でも別世界のように涼しく心地良い。会場近くの宿に荷物を置いてすぐに散歩に来て正解だった。背伸びをして深呼吸すると思考がすっきりとクリアになる。と、聴き覚えのある旋律が耳に飛び込んできた。この曲を忘れることは決してできない、できるわけがない。あの時、鳥籠を持ったあの魔法使いの前で、私が弾いていた曲だ。誰が弾いているのだろう、確かに私があのとき弾いた曲だが、譜面通りではない。音だけ聴いて曲を覚えたのだろうか。

 音を頼りに、導かれるように、奏者を探す。しばらく運河のほとりを歩いていると、木漏れ日が降り注ぐガゼボにたどり着いた。私と同じように散歩をしていたのであろう人々が何人か立ち止まって演奏に耳を傾けている。そんな彼らの真ん中に座って楽器を構えていたのは……。

「ラスティカ……?」

 そう、ヴァイオリンを弾いていたのはあの日私の演奏を聞いた鳥籠を持った魔法使いだった。

 鳥籠を持った魔法使い・ラスティカのヴァイオリンの実力は相当なものなのだろう、ワンフレーズ聴いただけでも音の響きが深く柔らかであることがわかる。が、演奏している曲は間違いだらけだし、少し遠くて見えづらいが弓の動きもめちゃくちゃだ。だけど、何故だろう、思わず立ち止まって聴き入ってしまう、そんな不思議な魅力が彼の奏でる音にはあった。

 曲が終わり、拍手をしながら彼に一歩近づいて「ラスティカ、お久しぶりです」と会釈すると、穏やかそうな紳士は「……君は?」と首を傾げる。

「覚えていませんか? あっ、もう数年前だから分からないかな」

 あの時よりも少し大人になったから彼は私のことがわからないかもしれない。だから、「素敵なヴァイオリンですね、」とあの時の彼の真似をしてみる。と、彼は「ああ!」と満面の笑みを浮かべ、立ち上がった。

「覚えているよ、あの時は素敵な演奏をありがとう」

 魔法使いというのは歳を取らないというのは本当らしい。背が伸びて体格も変わった私とは違い、目の前の彼は初めて会ったときと全く変わらない。魔法の力って不思議だ。……だからほんの少し、もしかしたらと疑問が湧いてしまい恐る恐る彼に問いかけた。

「……あの、ラスティカ、とても失礼な質問だったらごめんなさい、もしかして今、ヴァイオリンを弾く時、魔法を使っていたんですか?」

 不躾な質問をされたにも関わらず、彼は変わらず穏やかだった。楽しそうに笑って手に持つヴァイオリンのネックを撫でる。

「あはは、魔法は使っていないよ」

「……そう、ですか」

 そう、もしかしたら、『彼は魔法使いだから』このような演奏ができるのかと思ってしまったんだ。魔法を使っているから、人の心を惹きつけるような演奏ができるんじゃないかって。そんなわけないのにね。

 私の複雑な表情に気がついたのか、穏やかな表示で目を細め顎に手を当てる。

「……でも、そうだな、……魔法は心で使うんだ、音楽も同じ、心を込めると、例え拙いものだとしても魅力的に伝わることがあるんだよ」

 彼の言葉は音楽のように私の耳に届く。「心を、込める」と繰り返す私に「そう、」とラスティカは頷く。

「僕は今、ここに居る弟子のクロエを、ここにいるみんなを楽しませようと思って演奏していたから、だから伝わったんじゃないかな」

 穏やかな魔法使いの示す方向にはルビーのような髪色の若者が立っているた。少し緊張したような表情をしている彼はラスティカに音楽を教わっているのだろうか、それとも……。

「そっ……、か、ありがとうございます、ラスティカ」

 ぎこちなくも礼を言うと、ラスティカは「どういたしまして」と優しく目を細めた。何か大切なものを彼からもらった気がする。いつもヴァイオリンを持つ左手をそっと握りしめた。演奏会は明日の晩だ。

 ラスティカに挨拶をしてガゼボを離れる。明日は朝からリハーサルだから早起きだ。もう少し公園を散策して、宿に戻ったら練習して……と、これからの予定を一つ一つ整理していると不意に「ヴァイオリン弾きさん!」と声をかけられた。私がヴァイオリンを弾いているということを知っている人物でこのような呼び方をしてくる人を私は知らない。不審に思いながらも振り返ると見覚えのある人物が手を振っていた。先程ラスティカにクロエと呼ばれていた若者だ。

「急に呼び止めてごめんなさい、ちょっと話がしてみたくて……、あっ、ヴァイオリン弾きさんの名前は?俺はクロエ」

 ラスティカに聞いたら『そう言えば名前を知らないな』って言われちゃったんだ笑っちゃうよね、と眉を下げる彼を見て少し笑ってしまう。「です」と名乗るとクロエは「! ラスティカにも教えておくね!」嬉しそうに笑った。

 運河を泳ぐ魚を眺めながら少しお喋りをする。ラスティカから魔法を教わっているのだというクロエは、私にラスティカのことを色々聞きたかったようだが、私が答えられることはほとんどなかったから、半分以上は彼らが旅して回った様々な街の話と魔法の使い方の話を聞いていた。

「難しいよね、心を使うって、」

 そう言ってクロエは苦笑する。先ほどの私とラスティカの話を少し聞いていたのだろうか。

 クロエの言う通り、本当に心を使うのは難しい。私はラスティカみたいな演奏はできない。きっと、ラスティカと初めて会った時は心のままに演奏できていたのだろう、と思う。だけど、あの時ラスティカの心を動かしたような心を使った演奏を意識的に行うことができないのだ。

「俺もまだ上手くできないんだ、……だけど、ラスティカと旅してるうちに、最近ようやく少しずつわかるようになってきた」 

「……クロエは、どうしてるんですか? 魔法を使うとき……、」

 要領を得ない質問だと思う。だけど、優しい魔法使いの弟子は、やはり優しい。穏やかに笑ってそっと宙に手をかざす。

「そうだなあ、俺はラスティカに喜んでもらいたいなとか考えながら魔法を使うようにしてるんだ、」

 まだまだだけどね、と照れ臭そうに笑う彼の表情は少しラスティカに似ている気がする。……私も大切なものをくれたラスティカに、喜んでもらいたいな。

「……ねえクロエ、演奏会に来てもらえませんか? ラスティカも一緒に」

 心で演奏するってまだわからない。でも、誰かを喜ばせたいと思いながら弾くことならばできるはずだ。

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