Puzzleジクソーパズルの迷路

Fourth street八方塞がり

 ムルの魂が壊れたのは、を雇い始めてどれくらい経った頃だろう。その頃には本当に忙しい時期に手助けを頼むのみだったから、一年の中でも本業の陶器職人として過ごす時期の方が多くなっていた彼女は、件の『事件』の時には東の工房に戻っていた。

 言葉を喋ることすらできなくなった友人をぼんやりと眺めながら、シャイロックは頭の隅でこれからのことを考える。しばらく店を閉めようか、開けているとしても今の状態で開けていられるわけがないからに店番を頼まなくては。そう思ってからすぐにムルがどこかへ行かないよう部屋に魔法をかけ彼女の東の工房へ足を向けた。冷静なつもりだったけれど、冷静であるはずがない。このような速さで箒を飛ばしたのは初めてだった。

 東の森は深く冷たい。工房の大まかな場所は聞いていたし、魔法を使えばすぐに見つかると思っていたが、どうやら結界のようなもので工房は隠されているようで、シャイロックはもう何時間もぬかるんだ道を彷徨い続けていた。

「こういうことばかり上手になって、」

 己が魔法を教えた魔女の成長が嬉しくないわけではないが、今は昔のままのでいて欲しかった、と思ってしまう。出会ったばかりの頃の荒削りな魔法であれば、結界を破るのは容易かっただろう。

 雪こそ降ってはいないが、しとしとと降り続ける雨が確実にシャイロックの体力を奪っていく。手指はすっかり凍え、足は棒のようだ。普通の人間であれば、すでに指先が動かなくなっていてもおかしくはない。

 視界が霞むのが霧のせいかの己の疲労のせいかすら分からなくなった頃、幻聴か幻覚か、どこからか声が聞こえ、シャイロックはゆっくりと顔を上げた。

「シャイロック! 気がつかなくてごめんなさい……!」

「……?」

「すぐに身体を暖めますね、《ヴァルモヴ・ヴァラン》」

 声の主の魔法がシャイロックの体を包み込む。土と、燃える薪のの匂いがした。

 目を覚ますとパチパチと薪が燃える音と釉薬の独特な香りが漂う部屋のソファーに横になっていた。びしょ濡れになっていた服はすっかり乾いている。ゆっくり起き上がると同時に、部屋のドアが開いて誰かが中に入って来た。

「あ、シャイロック、起きました? ソファーに寝かしてしまってごめんなさい、この家、私のベッドしかなくて……」

 あなたは他人のベッドで寝るのは嫌かなと思って、と目の前の魔女・は笑う。

「それにしても、森であなたを見つけたときはびっくりしました、あの時とは逆の状況ですね」

「ここは、」

「私の工房です。……なにか用事があって来てくれたんでしょう、シャイロック」

「いえ、私は……」

 彼女に話そうと思っていた、しばらくの間店を任せたいことも、《大いなる厄災》のことも、ムルのことも。だけどいざ言葉にするとなるとなにも言いたくなくなって、ただ下を向くことしかできなくなる。そのようなシャイロックを見て、笑うでもなく、珍しいと驚くでもなく、彼女は穏やかな表情を浮かべている。

「……貴方は迷ってもいいんですよシャイロック」

 小さく呟き、は何かを手渡してくる。いつか彼女に渡した石だ。「あなたが迷っても、導いてくれる何かはきっとありますから」と魔女は眉を下げた。

 不安でたまらなかったが、ここは何故か安心するような気がする。よく道に迷うだが、心は揺るがないし、変わらない。

「……、貴方は、どうかそのままで」

「はい、シャイロックがそう望むなら」

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