店の前を占領してしまったお詫びに皿洗いでも何でも手伝います、という魔女を少しの間雇ってやることにした。大いなる厄災の襲来の前後は目が回るほどの忙しさになるから丁度良い。カウンターに座るムルは皿洗いをするを横目で見ながら「ふうん」と感心したような声を漏らす。
「彼女にやけに親切にするじゃないか、シャイロック。同情しているのかい? それとも気まぐれ?」
「まさか、そんな穏やかな感情ではありませんよ。彼女の荷物にあった陶器を何点か譲ってもらえることになったのも理由の一つです」
「なるほど、打算的で君らしい」
鮮やかな絵付け皿を示すシャイロックを見て、ムルはニヤリと笑った。そんな哲学者に飲み物を差し出しながらは楽しげに話す。
「元々、陶器を作って売る仕事をしていたんだ。此処のお客さんになら安く譲ることもできますよ」
「……、この店で商売をしないでください」
「あ、ごめんなさいシャイロック」
「……ですが、彼女の作る陶器は素晴らしい。特に絵付けのものはこれまでに見たことがないほど繊細で美しい。職人らしい丁寧な仕事ですね」
美しく描かれた皿の縁の蔦を指でなぞると、迷子の魔女は心底嬉しそうな顔をする。出自は東の国なのだと言っていたこの魔女は手先の器用さは国の気質そのものだが、性格はそれに反して感情が表に出やすく実に素直だ。
「へえ、君が手放しに他人を褒めるのは珍しいね」
「そうでしょうか?」
「シャイロックはよく褒めてくれますよ。優しいし、良い人だ」
「……それは誰の話かな、」
「ムル、今失礼なことを考えましたね」
咎めるような口調で少し睨みつけると、口が達者な哲学者は「まさか!」と手をひらりと振る。それを見て魔女は楽しそうに笑い小声で呟く。
「シャイロックのようになりたいな、」
「およしなさい、誰かの真似をしても碌なことにはなりませんよ」
「そうだね、シャイロックはたった一人であるからこそシャイロックなんだ、誰もシャイロックにはなれないよ」
◆
を雇うと同時に、シャイロックは彼女に魔法を少し教えることにした。この前のように魔法が制御できなくなり店内の備品をめちゃくちゃされてはたまったものではない。店を開ける直前の30分、短い時間だが素直な魔女は想像以上に覚えが早く魔法に関する基本的なことはすぐに身に付けるから少し感心してしまう。実際に呪文を使って魔法をかけることを教えるのはもう少し先か概念だけ教えて彼女はこの店を去ることになるだろうと思っていたが、そろそろ一つくらい魔法を教えても良さそうだ。
「あなたはよく迷子になるそうですから、今日は一番役に立つ魔法を教えましょう」
シャイロックは呪文を唱え、手元に卵ほどの大きさの石を出現させる。
「これは行きたい場所を強く思いながら魔力を込めると、正しい方角を照らす石」
貴方に差し上げます、と彼女の手に乗せてやり再び呪文をかけると、石はぴかぴかと光り始める。
「貴方が行きたい場所、帰りたい場所へ導いてくれますよ」
シャイロックが呪文をかけた石は真っ直ぐドアの外を照らしていている。何処を思いながら魔法をかけたのか彼女は聞かなかった。そういうところを少し好ましく思う。
「ありがとうシャイロック」
私みたいなのは苦手でしょう? と彼女は苦笑する。それがなんだか面白くて、シャイロックは顎に手を当てて「そうですねぇ、」と首を傾げながらクスクスと笑う。
「得意か苦手かでいうと苦手かもしれません」
「はっきり言いますね……」
「ですが、誰かさんと比べて素直さや愚直さが目に見える可愛らしい貴方のことを、幾分か好ましく思っているんですよ」
「それって褒めてます?」
は眉を下げて目を細める。不思議な時間だった。まるでうたた寝の時に見た穏やかな夢の続きのような。