中央の王子は優しく聡明だ。雪のマーケットの小さなお菓子屋で「ねえ、アーサー、尊敬している大切で大好きな人に贈るプレゼントってどういうものを選べば良いのかしら」とチュールが問うと、穏やかに微笑み「ちょうど私もオズ様へのプレゼントを探そうと思っていたところだ、一緒に選ぼうか」と小さな精霊を肩に乗せてくれた。
「きっと、チュールが贈るものであれば、クロエはなんでも喜んでくれるはずだ」
「そうかしら、そうだといいなあ、」
そう答えてハッとする。クロエに贈るだなんて、彼に言っただろうか。首を傾げると、アーサーは優しく目を細める。
「チュールの『尊敬している大切で大好きな人』はきっとクロエだと思ったんだ」
「えへへ、アーサーはなんでもお見通しね。でも、私もアーサーの『尊敬している大切で大好きな人』、知ってるわよ」
✂︎
そうして選んだ贈り物を魔法で隠して、チュールは西の魔法使い達の間をふよふよと漂っている。この包みを渡す相手である彼がシャイロック達に選んだプレゼントを見ていると、なんだか出すに出せなくなってしまったのだ。こういう時だけいつもの勢いが出なくて、困ってしまう。
そんな彼女の様子に気がついたのか、ムルが「あれ?」と顔を覗き込んできた。
「チュール、何か隠してる?」
「えっ、そんなことないわよ!?」
「本当にぃ?」
聡明な哲学者が「知ってるよ」とでもいうように目を細めるから、思わず視線を逸らしてしまう。
「質問を変えよう。君は誰に隠し事をしているのかな? 俺に? ラスティカに? シャイロックに?」
ムルは空中でくるんと回りながら楽団を指揮するように腕を振る。
「……それとも、クロエに?」
好奇心旺盛な猫と目が合ってしまったネズミはこんな気分なのだろうか。お互いに何も言わなかったし、言えなかった。この哲学者はいつになったらここを立ち去ることを許してくれるのだろう、チュールがそう思い始めた頃、張り詰めた空気を「おや、」と穏やかな声が遮った。
「困りごとかな、チュール、ムル、」
「ラスティカ! 平気よ、困ってはいないわ! うーん、でもちょっと困っているのかしら……」
「あのね! 俺はチュールが秘密を教えてくれなくて困ってる!」
「ムルは困っていたの?」
「どうかな? わかんない! 困っちゃうほど楽しいかも!」
「ふふ、そうか。ねえチュール、その秘密は僕にも教えられない秘密なのかい?」
ラスティカに優しく問いかけられると、固く閉ざしていた宝箱を少しだけ開いてしまう。ムルも聞き耳を立てているが、これ以上隠していても仕方がない。ゆっくりと、二人にだけ聞こえる大きさの声で囁く。
「あのね、クロエにプレゼントがあるの」
「それは素敵だね、」
紳士は穏やかに微笑む。穏やかな音楽が流れてきそうなその仕草に、どこか安心を覚えてしまう。
「……でも、なんだか渡せなくなっちゃった」
「クロエに渡したくない?」
「そうじゃないの! でも、クロエの方がこういうのを選ぶのが上手で、選ぶものもセンスが良いから……」
怖くなった? ちがう。嫌になった? そうじゃない。自分の気持ちを表す言葉が見つからず口籠もっていると、ムルが「つまり、」と声をあげてまた宙に浮かんだ。
「なんだか渡すのが恥ずかしくなっちゃった?」
好奇心旺盛で不躾なところもある彼だが、どういう言葉で伝えようか迷っている時に、代わりに紡いでくれる言葉はいつも的確だ。恥ずかしかった、そうなのかもしれない。
「そう、なのかしら……、そうなのかも。……だから、クロエには秘密よ!」
「秘密だね! 分かった! クロエ、クロエ! チュールが何か言いたいことがあるんだって!」
舌の根も乾かぬうちに、とはまさにこのことだろう。秘密を交わした途端、ムルはクロエを大きな声で呼んで手招きしてしまった。「だってクロエの反応が楽しみじゃない?」と笑う彼はやはり好奇心旺盛で不躾だ。
チュールが止める前に名前を呼ばれた仕立て屋は「何? 俺に?」とこちらへ近づいてきてしまった。
「もう、ムル! 秘密だって言ったじゃない!」
「秘密だとは言ったけど、秘密にしてることを秘密にするとは言っていないよ」
くるくる回るムルと「確かにそうなんだけど〜!」と怒るチュール、そして何が起こっているのかよくわからないといった様子のクロエを見てラスティカは楽しげに笑う。
「あはは、大丈夫だよ、チュール。君の秘密は誰かを幸せにする秘密だよ、だから、ほら、言ってごらん」
ラスティカに促され、クロエの肩に降り立つ。彼を喜ばせることはできるだろうか。
「あのね、クロエ、あなたに渡したいものがあるの、……でも、」
ミシンの仕事は作ることだ。選ぶのは彼女の仕事では無かった。だけど今は選ぶことができてしまう。選ぶというのはなんと難しいことなのだろう。
「……クロエは、プレゼントを選ぶのがとっても上手ね、」
チュールがぽつりと呟くと若い仕立て屋は眉を下げて笑った。
「俺もさ、最初はあんまり得意じゃなかったんだよ、プレゼントを選んだことも、贈ったことも、貰ったことも無かったし」
「クロエ……、」
「でもさ! ラスティカが教えてくれたんだ、プレゼントって、選ぶ時も、渡す時も、もちろん受け取る時も、すっごく楽しくて、自然に笑顔になっちゃうんだって」
そう言ってクロエは笑う。……彼の言うとおりだ。アーサーと店を周りながらどれを贈ろうか悩むのは楽しかった。いつだって大好きなクロエのことが頭をよぎって幸せだった。今もそうだ。どう思われるのかは怖いけど、このプレゼントを彼に渡せることが、嬉しくてたまらない。
「チュールが何を選んでくれたのか、教えて? 俺さ、何が出てくるのかなって今すっごくワクワクしてるんだよ」
クロエの言葉にミシンの精霊はゆっくりと頷いて、ふわりと浮かび上がる。同時にひらひらと布が翻り、仕立て屋の手には小さな包みがそっと落ちてきた。
「メリークリスマス、クロエ! あのね、あなたのこと、大好きよ!」