Vivaceかがり縫いのヴィヴァーチェ
since.2020.03.30

生クリームとダンスを

「何しに来たの、ネズミさん」
「ネズミじゃないわ!」
オーエンは今日は気分が良い。なんと言ったって、騎士様が国中のケーキをご馳走すると約束してくれたから。だから目の前のミシンの精霊に声をかけてあげるし、ちょっとくらいなら遊んであげても良いと思っているのだ。
「ねえ、遊びに来たんでしょう? 何して遊ぶ? フォークで君を突き刺す遊び? 窒息しそうなほど濃厚なクリームに君を埋めてみるのもいいな」
「わたしを殺したいならお生憎よ、オーエン。ミシンを壊さないとわたしは死なないわ」
いつになく静かに精霊はそう告げる。オーエンはそれがおかしくてたまらない。指揮棒を振るようにフォークを掲げて、歌うように言葉を紡ぐ。
「可哀想なミシンの精霊さん。確かに『君』を殺しても『君』は死なないかもしれないけれど、そのうち君はクロエよりもずっと早く死んでしまうよ。人間が作った道具の寿命なんてその程度さ」
クスクスと笑うと「いつも意地悪だけど、今日はいつもよりも意地悪ね、」と精霊は眉間にシワを寄せる。
「意地悪な魔法使いは嫌い? 憎い? 殺したくなった? でも残念、僕は君みたいな細〜い針ではできていないからね。死にたくても死ねないんだ」
祭りの楽しげな音楽が辺りに響いている。ダンスを踊るようにふわりと立ち上がって、いつになく険しい表情をしている彼女に一歩近寄って、耳元でそっと囁いた。
「君は長生きできないよ、精霊に嫁いだ姫とは違う、君自身が精霊だからね」
が何かいう前に、ケーキをすくって口の中に放り込む。甘い甘いクリームの味が口いっぱいに広がる。目の前の精霊の途方にくれた表情はもっと甘美な蜜の味だ。
オーエンは今日は気分が良い。小さく鼻歌を歌いながら彼女の顔を覗き込み、「大丈夫だよ、」と心にもない台詞を吐いてにっこり笑った。