Vivaceかがり縫いのヴィヴァーチェ
since.2020.03.30

焼き菓子リボン

 いつからか、ミシンの精霊・は綺麗に丸く焼けたクッキーに手を伸ばさなくなった。前までは甘いものならなんでも嬉しそうに口にしていたのに。首を傾げながら食堂でイチゴのヘタとりをしていると、前の席に座りサングリアの仕込みをしていたシャイロックが「丸いクッキーは月に似ていますからね、」と呟いた。深い意味はよく分からなかったが、要するに空に浮かぶ《厄災》を口に入れたくないと彼女は思っているのだろう。たぶん。

「クッキーは苦手なんだっけ」
ジャムを煮詰めながらネロが問いかけると、甘い匂いに釣られてキッチンにやってきたミシンの精霊は「苦手じゃないわ!」と首を左右に振る。
「味は好きなの、だからね、ええと、丸じゃない形にして欲しいの。四角とか、三角とか、」
「はは、了解」
ネロの料理の味が悪かったわけではない、それが分かれば十分だ。けれど、少し申し訳なさそうな表情をする彼女に「そんなに気にしなくても良い、」とは口が裂けても言えはしなかった。ネロも、相手が『そう気にしなくて良い』と思っていることを気にしすぎてしまう性質だ。だからその代わり、小皿に一口分のジャムをすくって、魔法でその器とスプーンを彼女にぴったりのサイズにしてやってから、「味見してよ、熱いから気をつけて」と差し出してやる。とろとろのイチゴジャムを口にした精霊の瞳がきらきら輝いて、頬がピンク色に染まる。ここで暮らす人たちのこういう顔が、ネロは好きだ。表情が和らいだ彼女に続けて「そうだ、」と声をかける。
「今度クッキーの型を買いに行こうか、中央の店にはいろんなのがあるんだよ、鳥の形のやつとか、リボンの形のやつとか。西の連中は好きだろ、そういうの」
ネロの申し出には「本当!?」と声を上げて、キッチンをくるくると嬉しそうに飛び回った。
「あのね、ネロ、お花の形とかも素敵だと思うわ!」
「わかったわかった、鍋に落ちるなよ」