魔法使いたちと晶はカラスの巣を目の前に途方に暮れていた。本当に『オズの魔法の剣』はこの中にあるのだろうか。
「あそこにあるとしても、カラスを避けて剣を探すのは難しいな、」
眉を下げるカインに「確かに」とクロエとヒースクリフが頷く。困り果てた若い魔法使い達を横目で見たミスラは「やれやれ」と呟き深々とため息をつく。
「面倒ですね、全て殺してしまいましょうか」
「……殺すのはやめてくださいね、ミスラ」
ミスラならそう言いそうな気もしていたが予想通りだ。晶が嗜めると、赤毛の北の魔法使いは聞いているのかいないのか大きな欠伸一つで応える。その様子を見かねたのかここまで晶たちを案内してきた細身の少女は「心配しなくても良い」と彼らを見渡す。
「虹が出るとカラスたちは怯えて巣から出ていくんだ、その時を狙えば良い」
「虹に怯えるカラス? そんなの聞いたこともないな」
ムルが首を傾げる。博識な彼が知らないならば、ここにいる誰もそんなもの見たことないはずだ。……まあ彼の場合忘れているだけという可能性もあるが。
「……雨が降るまで待ちますか?」
ルチルに声をかけられて、晶は答えに窮する。また振り出しに戻ってしまったかもしれない、……そう思ったその時、遠くから声が聞こえた。その声はまるで、空を裂くように、地を割るように、すぐ側で、遥か遠くで、響き渡る。
「《ヴォクスノク》」
ぽつり、ぽつり、と雨が降りはじめた。空から降る涙のような雨はどこか幻想的だ。……空の隙間から太陽も見えている。
「雨だ、」
「晴れているのに雨が降っている」
「ミスラさん、これは……」
ルチルに問いかけられたミスラは「……オズ?」と眉間にシワを寄せる。
「そうか、オズは魔法で天気を操れるから」
晶の呟きにミスラは「ああ、そういえばそうでした」とぼんやり空を見上げた。
いつのまにか空には虹がかかっていた。と、同時に巣の中からカラスたちが飛び出してきてどこかへ行ってしまう。辺りはふわふわと煙に覆われ始めたから、おそらくカラスたちはこの煙を怖がって逃げていってしまったのだろう。
「……これは、水蒸気?」
「そうだね、熱を持った何かが雨水を蒸発させているみたいだ。……賢者様は虹の炎、って聞いたことある?」
ムルが虹の根本を指し示すと、辺りの蒸気までもが七色に染まりとても幻想的な光景になっていた。それはまさに大きな炎のようで……、
「きっと村人たちには虹の炎が本物の炎みたいに見えていたんだね、」
まるで魔法にかけられたかのように虹の炎を眺める魔法使いたちの真ん中に、すう、と音もなく最強の魔法使いが現れた。彼がカラスの巣を一瞥すると同時に、ここまで晶たちを案内してきた少女は姿を消す。そうして代わりにオズの手に握られていたのは、
「オズ! それは魔法の剣か!?」
「……これは……昔アーサーが気に入っていた火かき棒だ」
「……火かき棒?」
言葉を繰り返すリケに、ああ、とオズは頷いて懐かしそうにその火かき棒を眺める。確かに、宝石で装飾されたそれはとても綺麗でどこか剣のようにも見える。
「幼いアーサーはこれでよく遊んでいたが、中央の城に戻ってからはただの装飾品のようになっていた。……そうしているうちカラスに盗まれた」
「……じゃあ、さっきまでここにいたのは火かき棒の精霊で」
「アーサーに見つけてもらうために炎を出していたってこと……?」
「周りの水分を自分の熱で蒸発させて水蒸気を作っていたみたいだね。よく考えたなあ。それとも偶然そうなったのかな」
カラスが盗んだ剣によく似た火かき棒は何も応えない。が、アーサーに会いたくて、見つけてもらいたくて、人の形を成したそれに仲間意識を持ったのだろうか、ミシンの精霊・はオズに近づき彼が持つ火かき棒に触れる。
「もう大丈夫よ、あなたをつれていくわ。アーサーのところへ」
彼女が声をかけると、再び細身の少女が姿を現す。先程まで気丈に振る舞っていた彼女はその言葉を聞いてほっとしただろう、顔を隠すように俯いて「ありがとう、」と震える声で小さく呟いた。
✂
魔法舎の午後は穏やかだ。談話室に集まった魔法使いたちは楽しそうに先の任務の話に花を咲かせ、魔法舎にやってきた精霊の昔話に耳を傾けている。彼女がが語るオズさえ知らない過去のアーサーのやんちゃ話に最強の魔法使いは眉間にシワを寄せていたが。
「そんな顔するなよ、オズ。きっとアーサーも彼女と会えたら喜ぶよ」
「任務の時のように虹を出してみてはどうですか? きっともっと喜んでくださると思いますよ、アーサー様は」
好き勝手なことを言うカインとリケの言葉にオズの眉間のシワはますます深くなる。……と同時に涼やかな少年の声が彼らのもとに近づいてきた、
「オズ様が虹を……、それは私も見てみたかったな」
「アーサー! お帰りなさい!」
「ああ、ただいま、みんな。オズ様、ただいま戻りました。そちらも無事に戻ってきたようでよかった。皆さえよければ、後でゆっくり今回の任務の話を聞かせて欲しい。……ところで、そちらの彼女は?」
中央の国の王子はそう言いながら優しげに微笑む。視線を向けられた火かき棒の精霊は、今にも泣きそうな表情で周りに居る若い魔法使い達を見渡す。
「大丈夫ですよ、アーサー様ならきっと」
リケはそう言って戸惑う少女の手を握る。そしうしてカインは同じほどの背丈の二人の頭をくしゃくしゃにかき回し、ルチルは満面の笑みを浮かべ、ヒースクリフは力強く頷き、とクロエは彼女の背をそっと押して、不思議そうな表情をしたアーサーの方へ導く。
「……はじめまして、……いや、久しぶり、アーサー」
精霊の頬を涙が伝う。そうして、彼女は剣を模した火かき棒に姿を変える。その滴に導かれたかのように、窓の外には虹が浮かんでいた。