クロエが、ミシンの妖精・と出会って数週間が過ぎた。
「クロエがお裁縫する時はいつでもお手伝いするから、任せてね!」
そう言ってミシンの精霊は胸を張っていたが、近頃は討伐や訓練で忙しくてちゃんと針仕事の時間を作ることができていない。クロエたち魔法使いが仕事をしている間のは洗濯の手伝いをしたり、魔法舎の古いソファーやテーブルクロスの修繕をしたり、それでも暇になったら自分の服のボタンをつけたり外したりして過ごしているらしい。ひとりぼっちでボタンをつけ外しする姿は想像すると少しかわいそうだが仕方がない。
それにしても、小さな身体で器用に針と糸を扱ったり縫い合わせたりするから、クロエも思わず感心してしまう。元々着ていた服もラスティカに買い取られる前にミシンを勝手に動かして(……いや、自身がミシンなのだから『勝手に動いて』という方が正しいのだろうか)店に置いてあったボロボロのカーテン生地を拝借して自分で作ったものらしい。カーテン生地って柄がとっても綺麗だからボロボロでもスカートにすると可愛いのよ、と精霊は笑う。あまりに嬉しそうだから、『それってカーテン泥棒じゃないの?』と指摘するのはやめた。
改めて、手縫いで丁寧に修復されたテーブルクロスを見ながら、仕立て屋の魔法使いは小さく唸り声を上げる。何か裁縫の仕事があれば、あの器用なミシンの精霊にも手伝ってもらうことができるんだけど……。
✂
そう思っていたクロエにとって、次の依頼は渡りに船だった。
「お祭りの衣装?」
クロエの問いかけにカインは「そうなんだ」と頷く。なんでも、中央の国で開催されるお祭りで使われる衣装が先の<大いなる厄災>の接近による被害でほとんどが泥まみれになってしまったらしい。
「長い間修繕を繰り返して使われてきた伝統的な衣装なんだ。祭りを行うことは決まったが、他の準備にも手間や時間がかかるし、衣装の修復まではなかなか手が回らない」
「それで、魔法舎の魔法使いの皆さんに手助けをお願いできないか、ということで中央の騎士団の方からカインに連絡があったみたいなんです」
賢者の補足に「なるほど」と頷くとカインは眉を下げて「頼む、」と手を合わせた。
「俺の元部下の地元の祭りなんだ。こういうのはクロエが適任じゃないかと思って声をかけたんだが、引き受けてもらえるか?」
「勿論! 俺にできることなら!」
久しぶりにたくさん裁縫道具を使うことができそうで想像するだけでわくわくしてくる。祭りの衣装はどんな衣装なんだろう、きっと華やかで、明るい色で、みんなが幸せになれるような服だ。
じゃあ早速、とカインが持ってきた数着の衣装は全体的に泥にまみれて元の色がほとんど分からなくなってしまっていた。何かに押しつぶされて形が歪んでしまったボタンも数多くある。きっと大事に使われていた服なのだろう、ところどころほつれを直した跡やボタンをつけ直した形跡があった。全て自然災害によるもので不可抗力だ。それでも、胸の奥が苦しくて悲しい気分になって、うきうきとしていた気持ちが少し沈んでしまう。自分が作った服ではないのにこのような気持ちになるのだ、これをずっと大切にしてきた人々はどのような気持ちなんだろう。その人たちのために出来る限り手を尽くして元の状態の、いや元よりももっと素敵な衣装を返そうと心を固めた。
だけど、ここまで原型を失ってしまった服を元どおりに戻すのは至難の技だ。汚れた布を綺麗にする魔法を知らないわけではないが、それでも少しだけ見えている鮮やかな赤とは程遠い色になってしまうだろう。だが、新しい布と古い布の一部を継ぎ接ぎすればあるいは……。
「使えそうな布地も少しはあるけど、修繕して着ることができるようにするのは少し難しそうだね……ねえ、これって俺が一から作り直しても大丈夫かな?」
「えっ、一から?」
クロエの言葉に賢者は目を瞬かせる。
「あ! もちろん! 伝統的な衣装だし、新しいものだと困るってことなら直せるだけ直そうと思うんだけど! この状態だと泥を落としても元の鮮やかな色には戻らないかも、みたいなものばかりで……」
「なるほど、多分大丈夫だと思うが、一応騎士団の奴に聞いてみる」
「ありがとう! 形と色合いはそのまま……なら前に東の雑貨屋で買った布が使えるかな……、あとはリボンとボタン……、でも伝統的な部分は残していきたいから元の布も少し使って……、うん! 作るのがとっても楽しみ!」
早速衣装の山をかき分けて、使えそうな布地を探す。ボタンなら少し磨いて魔法で形を整えれば再度使えるかもしれない。なんだか宝探しみたいな気分だ。
「……なんだかクロエ、リフォームの匠みたいですね……」
「リフォームの匠?」
✂
「仕事だよ!」
部屋のドアを勢いよく開けると、鼻歌を歌いながらリリアン編みをしていたミシンの精霊はふわりと浮かび上がりクロエの肩にちょこんと座った。
「クロエおかえりなさい、賢者さまからのお話って新しいお仕事の話だったのね。今度はどこへ行くの? 北? 南? また大きな怪物を倒しちゃうのかしら?」
「ふふふ、今回のお仕事はね、にもたくさん手伝ってもらうよ」
「私も?」
目をぱちぱちと瞬かせる彼女に依頼の内容を説明すると、己を使って貰えるのが何よりも嬉しいのだろう彼女はきらきらとした表情でクロエの周りをくるくると旋回した。
「まあ! まあ! なんて素敵なの! それじゃ私たくさんたくさん頑張るわね!」
「が居ないとできない仕事だよ、頼りにしてる」
あれ、なんだか今の言い方、ラスティカみたい? 少しずつ褒め上手な彼みたいになれているだろうか。
それからしばらくは大忙しだった。布を選んで、汚れた服のサイズを計算して、型紙を作って……。オーダーメイドの『その人に一番似合う服』は何度も作ってきたが、親に子に代々受け継いで着続けていく服を作るのは初めてだから少し緊張する。そんな中、どんな作業であってもはとても良い助手として動いてくれた。ミシンを動かす場面はもちろん、少し物差しを抑えておいて欲しい時、リボンを小さな穴に通したい時、大量の躾糸を抜き取りたい時、ミシンの精霊は何も言わずとも楽しそうに飛び回り、作業を進めていく。その上、衣装が一着できるたびにこれ以上はないほど喜ぶものだから、どんどん良いものを作っていきたいとやる気も湧いてくる。
「俺たち魔法使いは長生きするものだからさ、数百年後ふと街を訪れたときにまたこの服に出会えたらすっごく嬉しいなって思うよ」
作業をしながらそうぽつりと呟くと、精霊も嬉しそうににっこりと笑う。
どんなに流行が変わっても、この服は変わらない。きっと華やかな祭りの一つのピースとして、街を彩り続ける。
全ての衣装が完成したのは、祭りのちょうど三日前の真夜中だった。きっとカインも賢者もすでに眠ってしまっているだろうから、これを届けにいくのは朝が来てからだ。皆を起こしてしまうからできる限り静かにしていたかったが、喜びを抑えきれない魔法使いと精霊は手を取り合って何度かくるくると回ってしまった。回転の勢いに合わせてふわふわと揺れるの長いスカートを見て、クロエは「あ、そうだ!」と声を上げる。
「あのね、、今回はたくさん手伝ってくれてありがとう、のサイズのお祭りの衣装もこっそり作ってたんだけど、着てみてくれる?」
「えっ、私の?」
器用な精霊は自分の服は自分で作れてしまう。だけど、この小さな大切な女の子に、己の作った服を一度着てみて欲しかったのだ。驚いた顔をする彼女の頬を小指でくすぐるように撫でて、クロエは目を細める。
「俺のも作ったからさ、祭りが始まったら一緒に遊びに行こうよ。……あ、でもミシンから離れて遠くに行ったらダメなんだっけ?」
クロエが言葉を紡ぐごとにミシンの精霊はますます目をキラキラとさせて部屋の中ををふわりと飛んだ。
「……実はね、こっそりどこまで行けるか試していたの」
だってクロエがお仕事している間ずっと一人でお留守番だなんてつまらないじゃない。そう言ってが取り出したのは、見覚えのある銀色。まじまじと見ると、彼女は照れたように眉を下げた。
「ミシン針…?」
「これを持っていれば、わたし、結構遠くまでいけるみたい」
早速役に立つ時が来るなんて、夢みたい! そう言って心底嬉しそうに笑うを見てクロエもどんどんうきうきとした気分になってくる。この子がどんどん前に進むおかげで自分も思ったより遠くまで行けそうだ。