晶がクロエの部屋の前を通ると小さな叫び声の後、何やら焦ったような話し声が聞こえてきた。悪戯好きな西の魔法使いが可愛い仕立て屋の部屋に何か仕掛けをしたのかと思ったが、今日はほとんどの魔法使いが魔法舎の外に出払っている。他に脳裏に浮かんだ者たちも先程中庭でお茶会をしているのを見かけたから、おそらく部屋にいるのはクロエ一人だけのはずだ。賢者は思わず首を傾げ、少々心配になり、ドアをノックして呼びかけた。
「クロエ?」
「賢者様!」
「叫び声が聞こえましたが大丈夫ですか……?」
「待って! 大丈夫! いや、大丈夫ではないんだけど!」
「あの、何か困りごとならお手伝いを……」
いつになく歯切れが悪い仕立て屋に恐る恐る問うと、小さな呻き声とともに何やら女の子の声が聞こえてくる。……女の子の声? ここに女の子はいないはずなのに、どうして……。
「困りごとっていうか……ああ、もうこれ、説明するより見せたほうが早いのかもしれないな……」
クロエがそう言うと同時にガチャリと部屋のドアが開いた。いつも通り、ではない。その肩に乗っている小さな生き物はもしや……。
「……小人?」
見覚えのない小さな生き物は晶と目が合うと「あなたが賢者さま?」とクスクス楽しそうに笑った。
長く生きている魔法使いたちなら何かわかるだろうか、と食堂へ向かうとスノウとホワイトがおやつを食べていた。二人…いや、三人? とにかく全員揃って双子に声をかけるとすぐにクロエの肩の上の小人に気が付き立ち上がる。
「これは驚いた」
「驚いたのう」
双子が目を瞬いてクロエの肩に乗る女の子をまじまじと観察しはじめた。くるくるといろんな角度から小人を眺める双子に、クロエが説明を始める。この小さな生き物はどうやらクロエが部屋に前触れもなく突然現れたらしい。魔法の世界だ、摩訶不思議な事がたくさんあるから部屋に小人がやってくるのは日常茶飯事なのではないかと思っていたが、どうやらそうでもないようだ。説明の最後にクロエは困ったように小人に問いかける。
「ねえ、さっきから何度も聞いてるんだけど、君は誰? どうして俺の部屋に居たの?」
「あら、本当にわからないの? 鈍い人」
わたしはあなたのことよ~く知っているわ。と小人は目を細める。
「我、何となくわかってしまったぞ」
「我もじゃ、」
「ええ、わかんないの俺だけなの?!」
「いや、私も分からないから大丈夫ですよ、クロエ」
双子と小人は目を見合わせて微笑み合う。どうやら悪さをする生き物ではないようだが、それ以上は何も分からない。クロエと晶が頭を抱えていると、「なるほど」と穏やかな声が近づいてくる。
「ラスティカ! いつ帰ってたの? お帰りなさい」
「ああ、ただいま、クロエ。……そして君は……クロエのミシンかな、あの時、君を買う前に少し話をしたよね、そうだろう?」
「その通り、よく覚えていたわね」
小人は嬉しそうに頷く。が、まだクロエは混乱しているようで首を傾げラスティカと小人を交互に見た。
「えっ……俺のミシン、って、どういうこと?」
「……付喪神……みたいなものですかね?」
「ツクモガミ……、って何?」
「我らも前の賢者に聞いた事がある」
「大事にされた古い器物に魂が宿って誕生する日本の精霊のようなもの、らしいな」
その通りです、と晶が頷くと、仕立て屋は目を瞬いた。
「大事にされた……古い器物……」
クロエがそう呟くと、小人……いや、精霊はますます嬉しそうに笑う。クロエと話す事ができるのが嬉しくてたまらないといった様子だ。
「でも、店ではラスティカとしか話ができなかったのにどうして今俺と話す事ができているの……?」
「きっとそれは、一緒に過ごすうちにクロエが自分ことを大事にしてくれるってわかったからじゃないかな」
「あら? わたしは最初からクロエがわたしのことを大事にしてくれるってわかっていたけれど。ラスティカ、あなたがそう言ったからついて行ったんじゃない、」
精霊が少し頬を膨らませると、ラスティカは「そうだったっけ?」とすこしとぼけた風に言って微笑む。
「……わたし自身にも、なぜ今クロエと話ができるようになったのかわからない。けれど、クロエがわたしを大事にしてくれているから、わたしはここに居ることができるのは本当よ」
精霊はそう言って「いつもありがとう、クロエ。はじめまして」と目を細めた。