※ 夢主≠賢者です ※
ぐつぐつと鍋が音を立てている。中で煮えているのはおいしいスープ……ではなく、強烈な匂いを放つ薬草やよくわからない魔法生物の死骸だ。私に何も聞かず勝手に鍋の蓋を開けたフィガロはその匂いを嗅いで一瞬で蓋を閉じた。
「で、今日は何の用事ですか、フィガロ」
「やだなあ、君のところに来る時は決まって薬を買いに来る時だろう?」
「……これくらい自分で作れるくせに、」
ギロリと睨みつけると、彼は「まあまあ、」とへらりとわらい眉を下げる。私の作る魔法薬はよく効く代わりに作り方が複雑だ。育成が面倒な植物、捕獲が面倒な生物、そして、ある程度の強い魔力が必要になる。
彼ほどの魔法使いであれば難なく作れる代物であろう、が、ここ南の国ではあまり力を使いたくはないらしい。「何かオススメはあるかい」とニコニコしながら聞いてくる町医者を見て、私は深いため息をつく。
「これは『飲む前に念じた体の部位を一時的に大きくする薬』、こっちは『飲んだ者が忘れていた事柄を思い出させる薬』。どちらもひとさじで8000エン」
そう言って乾燥させた粉末が入った瓶を差し出すと、目の前の魔法使いは「えっ」と少し驚いたような顔をした。
「前からこんな値段だったっけ?」
「アクロマンチュラの毒が入ってる。行商人から買ったら半リットルで500万エンするんだもの、これ以上値下げはできないわ」
前までサービスしすぎていたのよ、と鼻を鳴らすとフィガロは苦笑する。
「少しくらい値下げしてくれても良いだろう? ほら、俺たち古い付き合いだし」
本当は値下げする必要なんかないくせに。私は南の国に来る前の彼を知っている。あの頃は彼にこんな頼み事をされるなんて夢にも思わなかった。やるせない気持ちを抱えながら、私は「じゃあ、」と口を開いて彼を見る。
「じゃあ、そこまで言うなら、貴方が材料を取りに行けば良いじゃない、できないとは言わせないわよ、北の魔法使いフィガロ」
「……参ったな、魔法生物の討伐なんか始めたら診療どころではなくなってしまう」
俺はまだ優しい南のお医者さんでいたいんだよ、と彼は眉を下げて頬をかく。
そのことを知っているから、知っているけれどやっぱり北の魔法使いだった貴方に惹かれていたから、触れるだけで凍てついてしまいそうな貴方の魔法をまた見たいから、こうして回りくどいやり方をしているのに、この人はちっともわかっていない。……いや、本当は知っているけど知らないフリしているだけなのかな。
魔法薬を煮込む鍋がごぽりと音を立てる。すでに鍋の中で完成している『本当のことしか話せなくなる薬』を彼に飲ませる勇気はまだ私にはない。