※ 夢主≠賢者です ※
「帰りは遠回りがしたい?」
ネロの問いかけに、ファウストは「ああ、」と頷いた。
「珍しいですね、ファウスト先生がそんなこと言うの」
「なら俺は先に帰るぞ、訓練がしたい」
やる気に満ち溢れた若い魔法使い・シノに東の先生役の彼は「ああ、先に戻っていても構わない」と頷くが、それを遮るようにもう一人の魔法使い・ヒースクリフが「あの、俺は付いて行っても良いですか?」と言って首を傾げる。
ファウスト先生が遠回りしてまで行く場所に俺も行ってみたいんです、と目を細めるヒースクリフは、この陰気な呪い屋をとても慕っている。
「……ヒースが行くなら俺も行く。ネロは?」
「どうしようかな。……ちなみにどこヘ行くんだ、先生」
ネロが考えるそぶりをしながら聞くと、ファウストは少し答えづらそうに目を逸らしながらボソリと呟いた。
「……パン屋だ」
「パン屋ぁ?」
◯
会話はできる店だ安心しろ、というファウストの言葉とともにカランとドアを開けると同時にパンの香りがふわりと広がった。
「なんでわざわざパンなんだ、ネロもパンを焼いてくれるだろ」
シノのいう通りだ。パンならネロがいつも焼いている。が、これだけの種類のパンを毎日焼くことは、他の料理を作りながらでは難しいだろう。
「やっぱり、毎日パンだけ作ってる奴のパンってのはちょっと違うと思うぜ」
「確かにこの店のパン、どれも美味しそう」
店を見渡してヒースクリフが目を細める。それにしても、わざわざこの引きこもりの呪い屋が買いに来るということは、よほどこの店のパンが特別なのか、あるいは……。チラリと色眼鏡越しのファウストの顔を盗み見ようとするとおもむろに彼は口を開く。
「ここの栗のパンは美味い。東で暮らしている間は週に一度は買いに来ていた」
「へえ、」
「甘くないからな、スープによく合う。あと、ジャムをつけても美味かった」
ファウストのお勧めを聞きながらパンを選んでいると厨房からレーズンパンを持ち出してきた少女が「まあ! ファウストさん」と声をかけてきた。
「ファウストさん、最近お見えにならないからもうこの店には飽きてしまったのかと思っていましたよ」
「すまない、最近引っ越しをしたものだから足が遠のいてしまっていた」
「あら、そうだったのね! それは引っ越し先からわざわざありがとうございます」
何故ファウストの名前を、という疑問が顔に出ていたのだろうか、呪い屋は「予約をするときに名前を聞かれるんだ」と小さくため息をつく。
店に入った時は何も思わなかったが彼女が厨房から出てきてから微かに魔力を感じはじめたから、目の前にいるパン屋の少女は恐らく魔女なのだろう。東の国は魔女や魔法使いがこうした小さな店を営むのに向いている。彼が東の国で暮らしはじめてからずっと通っていたのであれば、恐らくここでパン屋を営んでいる年数は200年を超えているはずだ。きっとファウストと彼女はお互いに「そうだ」と言わずとも、相手は魔法が使える者だと分かり合って接してきていたに違いない。
そうしてしばらく少女がレーズンパンを並べ、空になったトレイを片付ける様子を観察していると、不意に彼女が「あ!」と声を上げた。
「ごめんなさいファウストさん、今日は栗のパンは売り切れてしまったの。貴方が来るのはずっと金曜日だったものだから」
金曜日には予約がなくてもファウストさんの分を必ず取っておくようにしていたのだけれど、と少女が眉を下げると、ファウストは目を伏せて首をゆっくり左右に振った。
「……いや、構わない。……今日は世話になっている料理人も一緒に来ているんだ。よかったら彼にレシピを、」
「いや、また金曜日に来るよ」
「な、ネロ、」
驚いた様子のファウストを見て、料理人は「ははは、」と笑う。
「レシピなんて門外不出だろ、教えちゃ貰えねえよ。代わりに、あんたが言う栗のパンに一番合うスープを作ってやるからさ、」
あんたの引きこもり癖も解消できて一石二鳥だ、と笑うと呪い屋はまたため息をつく。また共にパンを買いに行こう。彼女と話す時の彼の声が少しだけ優しい色になっていることに気づいていないわけではないから。