冬の寒さが少しずつ和らいできたある日の昼、日本の家の呼び鈴が突然の来客を告げた。
「日本!日本!今晩泊めてくれよ!」
「え、あ、アメリカさん!?」
返事も待たずにあがりこんで勢いよく日本に抱きついてきた眼鏡とアホ毛が特徴的な彼の名前はアメリカ。言わずと知れた超大国だが、日本にとっては孫のような存在でもあった。可愛がっている抱きつかれると同時にぐき、と嫌な音を立てた腰が痛くなるのは次の日か、はたまた三日後かと気が遠くなりそうになりながらも日本はアメリカを無理矢理己の体から引き剥がした。
「突然やってきても何のお構いもできません、とこの間申し上げたじゃありませんか。」
「そんなこと言っていつも最終的には泊めてくれるじゃないか!」
「今回はダメと言ったらだめですからね。それでは私はピクシブで嫁をブクマして新作ゲームを生実況するという課題が残っておりますのでこれで…」
アメリカを追い出して、引き戸を閉めようとしても彼は着物の裾をつかんだまま離してくれない。
「お願いだよー日本―。なんでもするからさー。なんなら原稿書くのも手伝うよ!俺とイギリスがアンアンしている漫画でも今回は怒らないからさ!」
「残念ながら時代は余裕入稿なのですよアメリカさん。今回の分の原稿はもう印刷所に託してあります。ちなみに、米英でも英米でもなく加米にさせていただきました。おそれいります(ry」
「ああ、もう!なんでもいいからさ!今日は泊めてくれないと困るんだよ!!が……!」
「さんが?」
言葉に詰まるアメリカの話の先を引き出そうと、彼を引き剥がそうとする手を緩めて自称ヒーローのまだ少し幼さが残る顔を覗き込む。
「と、兎に角!今日は君の家に泊まらせてもらうんだぞ!」
「あなたに少しでも奥ゆかしさを求めた私が悪かったんですかねぇ」
日本がため息をつくとアメリカは「にほーん、ため息をつくと幸せが逃げちゃうんだぞ!」とどこで仕入れたのか昔から日本で言い伝えられている迷信を口にしてカラカラと笑った。「誰のせいですか」と突っ込む気力はもうなかった。

「さぁ、家にあげたんですから詳しくお話を聞かせていただきますよ!」
自分用に熱いお茶を、アメリカのためにコーラを用意して縁側に腰掛けながら日本は珍しく語気を強めた。無理矢理押し入られたことに少々腹を立てているようだ。
「どーせ俺が話したことはぜーんぶ新刊のネタになるんだろ?」
そう言って頬を膨らますアメリカの想像通り、「まぁそうですね」と答える日本の手には『丸秘』と表紙に書かれた手のひらサイズの手帳と、ずいぶん長いこと使っているのであろうと容易に推測ができるようなペンが握られていた。
「だったら、ぜーったい言わないんだぞ!」
「そうですか」
「そうですよ」
日本は己の口調を真似しながら音を立ててストローでコーラをすする孫のような彼のこと見ながら「話したらすっきりすると思いますけどねぇ、」と、ため息をついた。
「俺はいつでもすっきりしてるんだぞ」
「嘘をついてもわかりますよ。眉間にしわが寄っています。」
図星をつかれ「う、」と言葉に詰まるアメリカに向かって「まぁ、ネタ云々はひとまず置いておいて、この爺に話してみてはどうですか?」と手帳とペンを懐にしまいながら年齢不詳の自称爺は微笑んだ。
「……日本は口がうますぎるんだぞ、」
「ふふ、年の功ですかねぇ、」
そう言ってお互いの顔を見てぷ、と吹き出す。
そのおかげで、心の中に引っ掛かっていたさまざまなものを吐き出す気になったのか、アメリカは膝を抱えるように座りなおして「……とけんかしたんだ」とその日学校であった事を話そうとする子供のように言った
「……まぁ、最初から大体察しはついて言いましたが。で、今回の原因は一体何なんです?またハンバーガーばっかり食べてさんの作ったものを食べなかったりしたんですか?勝手に一人でホラー映画見て一緒に寝ることを強制したんですか?それとも、イギリスさんとけんかしてやつあたりでもしちゃったんですか?」
日ごろの恨みを晴らすかのようにノンブレスでそこまで言い切った日本は実にすがすがしい顔をしていた。
「日本は俺のことなんだと思ってるんだい?」
「超大国の皮をかぶった尻の青いガキ……ですかね、」
「……八橋、落としてるんだぞ」
「おや、これは失礼」
しれっと口元を袖口でかくす彼を見て「狸爺、」とアメリカがつぶやくと「なんとでもおっしゃい」と日本が一蹴する。
「ねぇ日本、本気で俺の話聞く気あるのかい?」
「ありますよ、ありますよ!大ありですよ!さぁ、なにがあったのかkwsk!!」
本当にこの『くに』を頼ったことが正解だったのだろうか、と心の中で首をかしげながらもアメリカは口を開いた。

日本とアメリカの間には時差があるから、正確にはどのくらい時間がたったのか分からないが、おそらく半日は裕に経っているだろう、それくらい前の話だ。はじまりはの携帯電話を震わせたメール着信音。パカリと折り畳み式のそれを開いて「あ、カナダからだ」と呟いた彼女をじっと見ていたアメリカがおもむろに口を開いた。
「ねぇ、」
「なによ、」
「最近俺に隠れてコソコソと何やってるんだい?」
一瞬の沈黙、そしては小さくため息をついて「なんの話?」と眉を吊り上げた。
「しらばっくれたって無駄なんだぞ!君がカナダと出かけたり、イギリスに電話したり、フランスから手紙受け取ったりしてること、俺知ってるんだぞ!」
「どうだ!」とでも言うように腕を組むアメリカを見ては二度目のため息をついた。
「そりゃまぁ、そういうこともあったけど、別にコソコソなんかしてないわよ。」
「俺に言わずにほかの男としゃべっていってよくそんなことが言えるね!」
「な、あんた私のことそういう目で見てたの?」
「そういう目ってどういう目だい?そういう風に思うのは、君自身にやましい気持ちがあるからなんじゃないのかい?」
「そんなのあるわけないじゃん!ばっかじゃないの!」
「ばかはどっちさ!」
「ばーか!ばーか!アメリカのばーか!どっか行っちゃえ!」
感情に任せて怒鳴り合ったりすると碌なことにならない。の一言で再び沈黙が訪れた。
「それ、本気で言ってるのかい?」
そう言うアメリカの瞳はいつになく冷ややかだった。しかし、それに臆することなくは「本気も本気、大真面目よ!」と息巻く。
「へー、じゃあ俺はここを出て行くよ」
自分でも思ってもいないことが口から出てきた。でも、ここまで言ってしまったらもう引っ込みがつかない。「え?」と呆気にとられる己の恋人に「じゃ、あとのことはよろしく頼むよ、。」とだけ言い残してアメリカは日本行きの飛行機に飛び乗ってしまった。

「それで勢い余って出てきちゃったわけですか。」
頭を抱える日本に「な、なんだよ、文句あるのかい?」と詰め寄ると彼は深く深くため息をついた。
「言いたいことは山ほどありますが…普段あれほどエロゲ・ギャルゲをお貸ししているのに、どうしてこうもフラグが立ったことを察せませんかねぇ、とだけ言っておきます。」
「フラグ?なんだいそれ?」
「……こっちのはなしです」
「なんなんだよもうっ」と頬を膨らますアメリカを横目で見ながら「そろそろお夕飯を作りますかね」と日本は立ち上がる。「どっこいしょ」というのはもう口癖のようなものだ。そんな日本の背中にタコのような口をしたままアメリカはひとり言のように声をかける。
「……そもそも、俺に出て行けなんていう意味がわからないんだぞ」
「そうですね」
「俺は何にも悪いことしてないし」
「そうですね」
「悪いのは構ってくれないのほうだし」
「そうですね」
生返事にいらっときて「にほん、真面目に聞いてないだろ」と語気を強めると「いいともー」と彼の国でおなじみのお昼の生放送番組よろしく返された。
「笑っていいともごっこしてごまかしたって駄目なんだぞ!」
「あぁ、ほらほら、アメリカさん、」
「なんだよ!」
「そんなこと言ってるうちに、お迎えが来ましたよ。」
「お迎え?」
不思議に思いながらもアメリカが振り返ると、いつからそこにいたのだろうか、彼が今一番会いたくて、会いたくない人物が立っていた。
「……」
名前を呼ぶとは小さい声で「………帰るよ、」と呟いた。
「え?」
「だからー、帰るよ!」
「で、出て行けって言ったのは君のほうじゃないか!」
「う、うるさいな!つい口をついて出ちゃったんだもん仕方ないじゃない!」
「つい、で許されるような問題じゃないんだぞ!」
「もう!おいしいご飯作るから機嫌直してよね!」
「いやだね!大体君は…」
あぁ、どうしてだろう?いつも別に思ってもいないことを口に出してしまうのは。昔「素直になれないところはイギリスさんにそっくりですね」と日本に言われ、全力で否定したことがあるが、この調子だと全く説得力がないじゃないか。
そんな事を思っているアメリカの横に座りながら日本はやさしく「アメリカさん、」と声をかけた。
「なんだよ!日本には関係無いだろ!」
口をとがらせるアメリカを「まぁ、まぁ、」となだめてから彼は「先日フランスさんからお聞きしたんですけどね、」と切り出した。
「何でそこでフランスが出てくるんだい?」
「……まぁ聞いてくださいよ。フランスさん、イギリスさんに頼まれたらしいんですよ。さんにアメリカさんが好きそうな料理を教えてやってくれって。」
「イギリスが?」
「どうやら、イギリスさんもカナダさんに頼まれたらしくて……」
「それって……つまり……」
予想外のことに驚いているアメリカの視線にさらされて、の顔はみるみる真っ赤になっていった。
「まったく、どこの王道ギャルゲですか。王道過ぎて新刊のネタにもなりませんよ。」
日本はそう呟いてすっかりぬるくなってしまったお茶をすする。そして、再び立ち上がり「あとは若いお二人で、ごゆっくり」と台所に向かうのだった。