戦場へ向かう時に通る扉が、それをくぐる後姿が、嫌いだ。行かないでと泣いて止めたくなる。それでも、名前は審神者という立場上、彼らに力を与え、戦場へ送り出すという役目を全うしなければならない。毎日繰り返し、何度も。
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名前には刀剣を戦場へ送り出すという役目はあるものの、彼らの戦況は詳しくはわからない。刀剣らが負傷したときは審神者の力でぼんやりとわかるのだが、それ以外は戻ってきた刀剣たちの報告を聞くことでしか情報を手にすることはできなかった。それでは不満だ、自分も連れて行ってほしいと何度か頼んではみたものの、「それがぬしさまの役目ですから」と小狐丸をはじめ本丸に居る刀剣らに静止され、上に掛け合うことすら許してもらえなかった。
そういうわけで、普段はひとりふたり、名前と共に留守番をする刀剣がいるのだが、強力な敵との戦闘となるとそうもいかない。少数精鋭である名前の本丸では、全刀剣らが戦場に出かけたときは名前は本丸にひとりきりになってしまうことがある。
今日はちょうど本丸に誰もいなくなる日で、いつも通りぐっとこらえながらも背筋を伸ばして刀剣らを送り出した後は、花の世話をし、畑を少し手入れし、彼らが戻ってきたときのため食事を作った。
だが、夜、布団に入る時間になっても、昼間線上に送り出した刀剣たちは戻ってこない。刀剣らが日を跨いで帰ってくることもないわけではなかったが、一人本丸で夜を過ごすのに慣れることはない。彼らが負傷したような感覚はないが、様々な悪いことを想像して不安になってしまう。
寝室の戸の隙間さえ冷たく暗いもののように思えてきて、恐ろしくなる。
そのように床の中で名前がぐるぐると頭を悩ませていると、するりと戸が細くあき、月明かりが差し込んできた。「ぬしさまはおやすみですかな?」と聞きなれた優しい声が小さく響く。
「小狐丸ちゃん!」
「おお、ぬしさま。起こしてしまいましたな。申し訳ない。」
「いいえ、心配で眠れませんでした。もう今日は戻らないのかと……。」
「この小狐丸がぬしさまをひとり残して、本丸を離れるとでもお思いですか?」
いつでもここへ戻ってきますよ、という彼の声に、少し安心はしたものの、脳裏に浮かんだ悪い想像は簡単には消えない。
わがままだとわかってはいるが、優しい狐と離れたくなくて、するりと手を伸ばす。
「小狐丸ちゃん、お願い、今日はここに居てください。」
小狐丸は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな表情になって「わかりました」と名前の布団の傍に座る。
「小狐丸ちゃん、そうじゃなくて、その、」
「なんですか、ぬしさま。」
何も言わないとわかりません、と笑う狐は、優しいけれど意地悪だ。だから「ここで一緒に寝てほしいんです」と消えそうな声で頼んでも「おや、良いのですか?」と目を細めて聞いてくる。
「この獣にとって食われても知りませんよ。」
「小狐丸ちゃんは、わたしを食べたりはしないでしょう?」
名前がきょとんとした顔をしていると、小狐丸は困ったように笑って手を伸ばし「もう少し大人になればわかりますよ」とくしゃくしゃ頭を撫でてきた。
「一緒のお布団が嫌なら、もう一枚敷きますよ…?」
「…そういうことではないのですよ。」
苦笑いしながらも、主が望んだとおりに添い寝する狐の手を握り、名前はゆっくりと眠りに落ちた。
また明日も、優しい彼らは戦場へ続く扉をくぐるのだろう。そんな"戦い"はなくなってしまえばいいと思わずにはいられなかった。