たとえば君がいない日の夜 #3

刀の姿とはなんと不便なのだろうと小狐丸は思う。自分から動くことも、喋ることもできないのだから。…いや、人の身体が便利すぎたのだろうか。元来の自分は刀の姿であり、長い間それが当たり前だったが、いつからか主と共に生き・主に触れることができるのが小狐丸にとっての日常となり当たり前が変わってしまっていた。刀の姿になった己を抱きかかえ、ぽろぽろと泣く主に手を伸ばしたい、触れたい、抱きしめたい。この姿では叶わぬことだとわかってはいても、そう思わずにはいられなかった。

小狐丸と名前が出会ったのは、名前にとっては随分昔のことで、小狐丸にとってはほんの少し前のことだった。
いつから主に特別な思いを抱いていたのかと聞かれると、最初からだということしかできない。確かに主は今よりもっと幼くもっと頼りなくはあったが、何の穢れもないその瞳に惹かれたのだ。「狐は惚れやすい生き物だからな」などとも言われたが、そういう簡単な気持ちで主のことを想っているわけではない。ただ、自分のことを「小狐丸ちゃん」と愛らしい声で呼ぶ小さな主を死ぬまで離したくないと思ったのだ。

その日はやけに人恋しくて、彼女に触れたくて、ずっと名前を膝に抱えて髪を手で梳いたり、肩口に顔を埋めて匂いを嗅いだり、戯れのように頬に口づけたり耳に噛みついたりしていた。
小狐丸がそういう風に触れ合おうとするはよくあることで、主も恥ずかしそうにしながらも抵抗はしなかったのだが、後から思い返すと主のことを顧みない愚かな考えだったのだが、小狐丸はもっと彼女の深くまで触れたい一つになりたいと思ってしまったのだ。

"ひと"がそのような行為をしているのは何度か刀の姿の時に見たことがある。やりかたも、わかっている。腕の中に閉じ込めて彼女を覆う布を剥がした。

欲望に任せて彼女のことを押し倒したのは良いが、その身体のあまりの小ささに、そして熱くなった自分の中心のあまりの大きさに、ふと冷静になってしまった。いや、冷静になれた、というのが正しいか。

だが、無理に行為に及ぼうとしたことで主を怖がらせてしまったことは確かだ。普段穏やかな狐の獣のような顔を見て、主は何を思ったのだろう。
怖かった、怒った、というより、感情が処理しきれなかったともいえる。それほど小狐丸の主は小さく幼く儚い存在なのだ。そんなことをする小狐丸ちゃんなんか嫌いです、と言われても仕方がない。

そんなことがあったので少し反省の意思を示したくて主から距離を置いていたが、その結果が、この様だ。あの時、大人しくいつも通りにしておけばこんなことにはならなかっただろうに、と今更考えてももう遅いようなことを考え落ち込んでしまう。

刀にもどってしまっては主を抱くこともできないじゃないか。

こんなにも好きなのに何で触れないんだろう。辛くて苦しくてでもそばにいることは確かで、ああ、早く元の姿に戻ってぬしさまのそばに居たい。

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